米田運輸有限会社のブログ
3.11
おはようございます。
今朝の富山県高岡市は、冷え込みもやはりあり霜も降りました。
屋根のないところで駐車していた車は、うっすらと白くなっていました。
水たまりも凍っていました。
先週の土曜日の朝型に発生した痛ましい事故の影響か、ここ数日間で
警察のパトカーを見かける機会が増えました。
今朝の通勤時間帯に、私の車両の後ろにと、前からパトカーと稀に見る
光景となりました。
ニュースで事故の状況と、亡くなった14歳の男の子とお母さんの背景が
連日地元新聞に掲載されるのを読むと、尚更のこと心痛します。
今日は、東日本大震災の発生した3月11日です。
沢山のメディアでも取り上げられて、あれだけの出来事であるので、
ここでは、語らずともだと思います。
当時は、トラック協会の青年部活動の一環のなかで、
他県の方との交流の縁もありました。
そうしたことで、東北の同業者の方と懇意にさせて頂く機会も恵まれて、
未だに交流は続けさせて頂いています。
ありがたい事です。
その中の一人のご縁あった方とは、能登半島大地震の復旧復興工事の関係で、
それまで以上に密にお話する機会もあり、縁を感じています。
彼には、能登の復旧復興工事の仕事に来ている傍らで、
当社の協力、力添えもいてもらった事は、大変頭が下がります。
社員さんとの交流も勉強になりました。
社員さんがら、地元の当時の写真を見せて頂きましたが、
やはり言葉にならずでした。
また、お身内の方が災害に遭われて命を落とした話、
捜索の話は実際の事で、更に、辛いでは語れない現実を身近に感じさせて頂き、
心が居たたまれない気持ちになりました。
簡単に辛いとは言えない。
震災の理不尽、不条理は考えても答えはないが、つい考えてしまいます。
身勝手な自己判断により巻き添えになった交通事故の被害者の親子の方にも、
理不尽、不条理さ、亡くなった尊い命はもう戻りません。
無念です。言葉が出ない。
先に書いた岩手の同業者の社長の彼とは、年齢も同じです。
能登の復旧・復興の仕事で来ていた関係もあり、休みもなく震災直後から
岩手県から来て、約1年間、ほぼ帰らず従業員さん達と仕事をしていた事には、
仕事と言えども、素晴らしい、頭が下がりました。
彼は、当時、話する度に、自分も被災して助けってもらって助けて頂いた。
今度は、仕事と言えども、助けたいと言ってました。
大変、崇高な志です。
見習いたいです。
この縁にも、私の人生で感謝です。
そして、自分で言うのは少々おこがましいのですが、
彼は私が同業者、青年部会の関係、そして荷主、取引の関係の人達から
これまで付き合いてしてきたことの恩恵を受けても良いよと、話してくれます。
気持ちだけでも嬉しいですね。
ただ、自分も受けた恩は、微力でも返していきたい。
損得、コスパばかりと、要領ばかりが幅を利かせている様に感じる辛い場面も
ありますが、人間はそれはど捨てたものではないと思います。
信じたい。
災害続き、人口も減り、原油も高騰し、不安定材料、
不安、心配も漂う日本ですが、打つ手はあるはずです。
コロナ禍から数年、もうそろそろ今度は良い方向に振れるはずだと
期待と希望を持ち、3.11の今日、追悼の気持ちと、
自分自身は謙虚にこれからも前向きに歩んで生きたいと
改めて思う日となりました。
真面目で、個人的で、今回はご容赦。
追伸
会社の前に流れる地久川に、昨日、しろさぎが獲物を習う光景を目にした。
寒いようで、徐々に春が近づき、生き物が動きだしたのだと感じました。
今日もありがとうございます。
米田 勝紀
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